代表弁護士 吉岡 毅
<復活掲載コラム>
弁護士は、人が生きていく上で出会う非常に困難な場面で、そのお手伝いをするのが仕事です。
毎日たくさんの人と出会い、様々な相談を受け、一緒に悩みます。
どの事件ひとつをとっても、ほとんどの場合、その方にとってこれまで想像もしなかったような人生の一大事です。
もちろん、ご依頼内容や事件の性質によっては、法的専門知識や交渉技術等を用いて、あっという間にスパッと解決できてしまうこともあります。
しかし、多くはそうではありません。
毎日のように、何らかの形で人の心の問題に直面します。
ご相談や打ち合わせ中、パニックや茫然自失の状態で、何が起こっているのかをうまく説明することも困難な方。
我を忘れてしまうほどの怒りを抱えた方。
悲しみに打ちひしがれて泣きじゃくるばかりの方……。
弁護士も、依頼者・相談者の皆様の様々な感情と向き合う中で、時には、冷静を装いながらも机の下で拳を握りしめて、もらい泣きをグッとこらえていることだってあります。
特に、犯罪被害者支援に関わるような弁護士の中には、被害者の強い感情を1人で受け止めきれず、あたかも弁護士自身が被害を受けたかのような精神症状を呈してしまうケースさえ見られます(「代理受傷」などと言います)。
弁護士には、客観的立場で事実を冷徹に分析する能力が求められますが、同時に、人の心を理解し、何より人間を愛する大きく強い心が必要です。
“ cool heads but warm hearts ”
( 冷静な頭脳だけでなく、温かい心を持とう )
は、ケインズの師でもある経済学者アルフレッド・マーシャルの言葉ですが、これを弁護士に当てはめる人もいます。
おそらくマーシャル自身は、ノブレス・オブリージュ(社会的地位の保持に伴う責任)の発想から語ったのでしょう。
しかし、その社会的地位などとは無関係に、私たちが弁護士という仕事を引き受けていく以上は、こうした力を養うことが必要不可欠になると思います。
私自身は、小さく弱い心の人間です。
傷ついた方を目の前にして、私にできることは限られています。
ただ、だからこそ、私がたくさんの方々とご相談や打ち合わせをするにあたって、常に心がけていること(ひそかに望んでいること)が、ひとつだけあります。
それは、
「私と相談や打ち合わせをするときには、一度でいいから、笑ってほしい」
ということです。
もちろん、とても苦しい状況にある方に笑ってほしいなどと考えるのは、私の手前勝手な望みにすぎませんし、笑わないのがむしろ当たり前です。
まして、私はどちらかというと口ベタで、特に面白い話もできません。
それでも、何かのご縁で私との相談や打ち合わせをすることになった方には、ほんの少しでも肩の荷を降ろしてもらい、わずかでも安心感をもってもらい、しばらく忘れていた笑顔やほほえみを、たとえ一瞬でも取り戻してもらえたら嬉しい。
そして、できることなら事件の解決時には、満面の笑顔を見せてほしい。
これは私の一方的な、ひそかな希望です。
そうなってほしいという願いを込めて、毎日、この弁護士という仕事に取り組むようにしています。
意外なことに、この私のひそかな願いは、きちんと叶っていることのほうが多いのです。
だからこそ、私はこの仕事を続けられている。
……そんな気がしています。
(初出:2014/2)
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