志布志事件シンポジウムにて ―えん罪被害者の涙―

代表弁護士 吉岡 毅

<復活掲載コラム>

 

2013年11月16日(土)、浦和の埼玉会館において、

  「 私はこうして自白した ~志布志事件被害者が語る~ 」

と題する市民集会(シンポジウム)が開催されました。

 

最初に、えん罪が作られる原因について刑事裁判の基礎知識から解説する基調報告。

次いで、シンポジウムのメインとして、えん罪事件として有名な志布志(しぶし)事件に関するパネルディスカッションが、2部構成で計約90分間にわたって行われました。

最後に弁護士有志による寸劇「嘘の自白の作り方」も披露され、大変盛況でした。

 

メインのパネルディスカッションでは、志布志事件のえん罪被害者2名が実名で登場されたほか、志布志事件の弁護人である野平康博弁護士や埼玉弁護士会所属の刑事弁護士などが、

えん罪の構造について、志布志事件の実例と豊富な経験に基づいて議論しました。

 

私は、このパネルディスカッションの司会(コーディネーター)役を務めました。

 

 

 

「 志布志事件 」とは、2003年に鹿児島県志布志町(現・志布志市)で起きた

選挙違反に関するえん罪事件でした。

 

当選した県議が「選挙前に志布志町の集落の有権者住民に現金を配った」という容疑をかけられ、配ったとされる側の県議や妻、運動員らはもちろん、受け取ったとされる側の多数の住民が取り調べを受け、逮捕されて裁判を受けました。

住民らに対する警察の取調べは極めて過酷であり、拷問とも言うべきものでした。

 

取調室という密室の中で、警察官は、机をバンバン叩き、「外道」などと大声で罵声を浴びせ続けました。

無実を訴える住民に対して、孫や父親の名前を書いた紙を無理やり足で踏ませながら人格否定の暴言を浴びせる「 踏み字 」を強要しました。

連日深夜まで取り調べ、ぐったりして病院に救急搬送されて点滴を受けている状態の住民に対しても、病室のベッドの上で長時間の取調べを強行しました。

検察官も、警察同様に自白の強要を続けました。

それどころか、警察や検察は、えん罪から住民らを護ろうとした国選弁護人の解任を裁判所に求め、裁判所もこれを認めました。

 

その結果、600通以上の虚偽の自白調書が作られ、13人が起訴されました。

 

 

えん罪の舞台に設定された集落には、わずか7世帯しか住んでいないにもかかわらず、その地で同じメンバーに対して4回もの買収会合が開かれ、191万円もの多額の現金等が配られたという、そもそも馬鹿げた容疑でした。

保釈が認められるまで、最長で395日間も留置が続きました。

 

13名全員が、裁判で容疑を否認し、3年半に及ぶ長期審理の末、全員の無罪判決が確定しました。

 

しかし、無罪判決までに、13名のうちのお一人は、無念の死を迎えていました。

 

 

そもそも、買収会合に自ら出席したとされる県議本人には、明確なアリバイがあることがわかっていました。

えん罪被害者の住民らが間違って犯人と疑われた事件ではなく、はじめから警察がでっち上げた架空の事件だったのです。

検察官も、住民らが無実であることをわかっていながら、警察とグルになって最後まで裁判を続けました。

 

 

シンポジウムで、コーディネーターの私からの質問に対して、えん罪被害者の1人である懐俊裕さんは、わずか数日間の取調べで滝壺に飛び込むなどの自殺を繰り返すほど極限状態に追い込まれた当時の様子を、切々と語り涙を流しました。

 

同じく、えん罪被害者である藤山忠さんは、取り調べた警察官から「お前を死刑にしてやる」と脅された時の気持ちを、怒りを込めて語ってくれました。

 

「警察や検察の手にかかれば、誰でもすぐに嘘の自白をしてしまう」

というのが、彼らからの強いメッセージでした。

 

 

 

志布志事件で行われたような違法な取調べや虚偽自白は、今この瞬間にも、全国各地で日常的に生じている現実です。

一日も早く、取調べを全面的に録音・録画して可視化し、取調べへの弁護人の立会を認め、

身体拘束期間を短縮して人質司法をやめさせなければなりません。

 

 

その後、現在までに、裁判員裁判対象事件など、ごく一部の事件の取調べについてだけ、取調べの可視化が制度化されました。

 

……なぜ、すべての事件ですべての取調べを今すぐに可視化しないのでしょうか?

 

見られては困る取調べの現実を、どうしても隠しておきたい人たちがいるのです。

たとえ虚偽の自白でも、自白があればそれでいいと思って裁判をしている人たちがいるのです。

 

一人でも多くの方が、こうした日本の刑事手続、刑事裁判の現実を知り、警察、検察、裁判所を変えるために、一緒に声を挙げていただけたら嬉しいと思います。

 

 

(初出:2013/12)