TPP問題から国際人権と平和を学ぶ ~金八先生風に~

代表弁護士 吉岡 毅

<復活掲載コラム>

 

TPP問題って、難しいですよね。

けど、弁護士としては知らないと恥ずかしいので、ちょっとだけ頑張って勉強してみました。

誰かほめてください。

 

 

というわけで、先月(※2014年9月22日)日弁連で開催された、

 「国際人権とTPP」

と題する研究会に参加しました。

実質的には日弁連国際人権問題委員が運営している研究会で、国際人権に関する毎回異なったテーマで講師を招いて勉強会を開いており、今回が第83回になります。

講師は立教大学大学院の池住義憲特任教授でした。

 

 

TPP議論の基本的対立構造は、こうです。

(今回のコラムは、さすがにちょびっと難しいです。)

 

一般に、TPPを推進しようとしている勢力は、グローバリゼーションを推し進めて、自由主義経済を世界的に拡大しようとしています。そのために、TPPを使って(どんどん加盟国を増やして)、加盟国にグローバル・スタンダード(世界標準)を強制的に導入することを狙っているのです。

これにより、加盟各国が手を取り合い、人材、資源、市場等が世界規模で拡大し(=グローバリゼーション)、ある国の企業が、他の国においても、自分の国で活動するのと同じ利益を確保できます。

 

もちろん、そこで言う「企業」とは、世界規模で拡大して“巨大な利益”を上げようとする「大企業」です。それ以外の企業や一般国民の“小さな利益”は、後回しです。

 

 

日本政府も、要するに、一般国民の生活上の小さな利益や小さな安全よりも、大企業の大きな利潤確保という国家利益を重視し、追求するために、TPP参加を表明したわけです。

 

大企業のおこぼれが、いずれ下々の一般国民にまで自然に行き渡るだろう、という発想です。

……それが間違いとまでは言えません。バランス感覚の問題だと思います。

  

 

ただし、ここで言われているグローバル・スタンダードとは、加盟国それぞれが自分の国を守るために設けている関税や制度的な壁(非関税障壁)を完全に無くしてしまうことにより、強い国も弱い国も、全く水平な同じ基準、同じ土俵で戦うようにしろ、という意味です。

 

……で、強いアメリカと弱いブルネイが“同じ土俵”で戦うとしたら、横綱の白鵬が町内会の子ども相撲大会に出て戦うようなものでしょう。

 

そうなると、事実上、強い国の基準を弱い国に押しつけることを意味してしまうのです。

 

 

国家と大企業が同じ土俵の貿易戦争で戦い、勝者が出れば敗者が出ます。

負けた側の国は、一方的に搾取されます。

製品も資源も人材も環境も、大きな資本によって根こそぎ買われます。

負けた国にも、たくさんの人が住んでいます。

水や食料を搾取されてしまう一般国民が、最も悲惨です。

 

食品や医療の安全性についても、自由化された(営利目的の)世界標準が導入されます。

営利のためには危険な物でも規制しない、低い基準に統一されてしまう危険があります。

 

今までの日本では、一般国民が国家に対して、安全を最優先するように厳しく求めてきたはずでした(本当にそうだったかは、別として…)。

これからは、国家は、一般国民ではなくTPPに従えば良いことになります。企業の営利が優先される政策が、TPPに従って実現されていきます。

 

 

ちなみに、こういう考え方は、国家の政策によって利益を受けるべきなのは一般国民であって、一般国民の利益を無視する政府・国家は、一般国民と対立する存在であるという立場です。

 

おもしろいことに、これとはまったく逆方向の立場から、TPPに反対する人たちもいます。

 

たとえば、いわゆる国家主義の右翼的立場から、外国の影響や外国人の排斥を訴えて、日本の独立を守るためにTPPに反対すべき、といった考え方です。

国家を中心に考える人たちと、国民を中心に考える人たちとで、真逆の出発点から一回転して同じ結論に立っていることになりますね。

 

これも“手を取り合って”いることになるでしょうか。

 

 

 

「平和」という漢字は、

 

「平(たいら。みんなが相等しく“equal”であるという意味)」

 

の字と、

 

「和(“ノ木偏=穀物”が“口=クチ”に入って食が満たされるという意味)」

 

の字が合わさった言葉です。

 

先進国と都市、途上国と農漁村が、みんな相等しく、おだやかに食の安全と保障を分かち合えるような世界であって、はじめて、

 

「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」(日本国憲法前文)

 

ことになります。

 

 

 

TPPによる経済のブロック化が、“人類全体が受け取るべき地球の恩恵”を、“一部の欲張り者のための壁”の中に閉じ込めてしまうことがないように、祈ります。

 

せっかくの“おいしいミカン”を腐らせてしまうだけの“ミカン箱”は、いりません。

 

 

(初出:2014/10)