ネットの落とし穴、えん罪の恐怖 ~なりすまし事件から見えるもの~

代表弁護士 吉岡 毅

<復活掲載コラム>

 

昨年(2012年)6月、横浜市のホームページに小学校への襲撃予告が書き込まれた。

 

すぐに捜査を開始した神奈川県警は、2日後に、19歳の男子大学生(少年)を威力業務妨害罪の疑いで逮捕した。

7月には、大阪市のホームページに無差別殺人の犯行予告があり、大阪府警は8月に43歳の男性を同じく威力業務妨害罪の疑いで逮捕した。

さらに、9月に入ると、まず福岡の男性が、次いで三重の男性が、同様の事件で相次いで逮捕された。 

どの事件でも、「書き込みの発信元IPアドレスが、被疑者のパソコンの接続記録と一致した」というのが逮捕の理由だった。 

 

先に逮捕された19歳の少年と43歳の男性は、いずれも逮捕された時点では犯行を否認していたものの、取調べを受け始めるとすぐに自白した。

19歳の少年は、家庭裁判所の審判で保護観察処分(有罪判決に相当する)を受け、43歳の男性は、刑事被告人として起訴されて裁判を受けた。

 

しかし、ご承知のように、これらはいずれも真犯人がウイルスを使って被害者になりすました犯罪だった。

10月になって、真犯人を名乗る犯行声明メールがマスコミ等に流れたことで、警察もついに、先に逮捕された4人の無実、誤認逮捕を認めた。

少年の保護観察処分、男性の起訴は、いずれも後から取り消された。

逮捕された他の2人も、起訴されることなく釈放された。

けれど、一度奪われた彼らの時間や信用は、もう巻き戻らない。

 

 

この事件からは、日本の社会が抱えている重大な問題が見えてくる。

大きく分けて2つの問題点、よく見ていけば無数の問題点が浮かび上がるだろう。

2つの大きな問題点とは、ネットの危険と、えん罪の危険だ。

 

これまでも、ネット上での詐欺被害や個人情報の拡散、ウイルスによるデータ破壊等の危険は意識されてきた。

ネット上で有名人等になりすます事件もあった。

 

しかし、本件は今までと違う。

犯人は「遠隔操作型ウイルス」を用い、他人になりすまして身勝手な犯罪行為を行った。

ただ普通にネットを使っていただけの普通の人が、突然、なりすましの被害者となり、警察・検察の捜査や身体拘束(逮捕・勾留)、正式な裁判を経て、本当に犯人にされてしまったのだ。

なりすまされた被害者は、警察や検察の取調べで、まったく身に覚えがない事件を自白させられていた。

 

 

その後、警察も検察も、誤認逮捕は認めたものの、捜査や取調べに問題はなかったという発表をしている。

……あきれるほかない。

こうした嘘をつき続けるために、取調べの全面可視化を拒否しているのだ。

 

仮に本件捜査に問題がないというのであれば、警察も検察も、今も、今までも、これからも、虚偽の自白を防止・発見する意思や能力が全くないと認めたことになる。

しかも、日本各地で別々の警察署・検察庁が同じようなミスを繰り返しているのだから、本件が特定の警察官・検察官の問題でないことも明らかだ。

 

「認めれば早く出られるぞ。だが、否認すれば長くかかるからな……。」

この悪魔の囁きが、逮捕された人すべてに襲いかかる。

 

それこそ人質司法の実体だ。

取調べの可視化は、人質司法の真実を市民に明らかにするための手段にすぎない。

人質司法そのものを止めるためには、身体拘束要件の厳格化や拘束期間の短縮など、長年にわたって日本が国際社会から求められている人権水準に一日も早く追いつく必要がある。

 

 

こうした危険な捜査が一般化している実態があるにもかかわらず、裁判所は、いまだに「自白調書があれば有罪」という手抜き裁判にすがりついている。

少年審判では、警察からすべての証拠が裁判所に送られる。

本件では、先の少年が、わずか2秒の間に約250文字もの脅迫文を書き込んだという趣旨の非現実的な内容の自白も、記録として裁判所に送られていた。

19歳の少年からそんな自白を取っていい気になっていた警察・検察もひどいが、それで有罪を認めた裁判所はさらにひどい。

 

裁判官の仕事は有罪判決を書くことではない。

たとえ砂漠の砂の一粒を探すほどの難しさであったとしても、そのたった1件のえん罪を見逃さないことなのだ。

(実際には、裁判官がその気になれば、えん罪の発見はそれほど難しくない。なかなかその気になってくれないだけだ。)

 

 

弁護人による弁護にも限界がある。

そもそも、原則として、弁護人は被疑者が自分で依頼をしなければ付かない。

国選弁護人制度はすべての事件に適用があるわけではない。(※2018年6月1日から、国選弁護制度は被疑者が「勾留」された後の全事件に拡大された。しかし、ほとんどの被疑者が自白させられる最初の「逮捕」段階では、国選弁護人が付かない。)

適用のある事件類型であっても、被疑者が国選弁護人の選任を求めなければ弁護人は付かない。

少年の付添人は、国選制度の適用事件が非常に限られていて、付かないことが多い。

 

仮に、弁護人や付添人が付いたとしても、本人が取調べで疲れ果てていて、あきらめきった状態で、弁護人に対しても自白を維持することがある。

いや、それならまだ弁護人の経験と注意で、えん罪を発見できる可能性があるかもしれない。

本当に困難なのは、「実は『やってない』が、早く出たいから認める。争わないでほしい。」などと、積極的に頼まれてしまう場合だ。

原則として、弁護人は被疑者・被告人の方針に反した弁護活動をすることはできない。

 

 

こうした日本の刑事司法のリアルな実態をご理解いただくためには、

映画「それでも僕はやってない」(監督:周防正行)

をご覧いただくのが一番だ。

エンターテインメントとして大変おもしろいうえに、間違い(現実の裁判との落差)がひとつもないのが凄い。

 

ただ、実際に刑事弁護人である私にとっては、自分の日々の苦悩と悲哀を映像で真正面から見ることになってしまい、実は少し吐き気がした。

そのくらい、リアルだ。

 

 

 

もう一つの問題であるネットに潜む危険性については、本年(2012年)4月20日、私が講師となる無料の市民講座(学習会)が予定されています。

「詐欺・消費者被害の基本と対策(1)~架空請求とインターネット犯罪の最新手口~」として、ネット詐欺の手口やネット上の危険の回避方法とその法的対処法などについて、できるだけわかりやすく解説させていただきます。

当日は法律相談会も同時開催されますので、皆様、是非ご参加ください。

(※市民講座・法律相談会ともに終了しました。)

 

 

(初出:2013/01)